「ホモ・デウス」(上)   ユヴァル・ノア・ハラリ

河出書房新社

「サピエンス全史」を読んでから読むべきかもしれなかったが、本を極力購入しない方針にしている都合上、図書館の気まぐれでこちらが先になった。
話題になってからしばらくたって読むというのは書評なども出回っていて、自分の読み方が検証できてそこはそれでいい気もするし、先入観ができてしまうという点では避けたほうが良い気もする。
話題作が必ずしも自分にとって意味があるものでもない以上自分の書棚にゴミを増やすわけにもいかず、電子出版の充実と、今少しの低価格化が望ましいと思うこの頃だ。

まだ上巻のみで、分析的な内容がほとんどなので著者の本書における「意図」はわからないが、著者の世界の「見え方」は感じられる。
毀誉褒貶はあるものの井沢元彦氏の「逆説の日本史」などで氏が良く言及する、歴史学における宗教的側面の軽視の問題は、氏の一連の著作を読んでいると、ではその宗教とは何なのかについてはあまり述べられていないと感じている。
著作の中では、怨霊でも言霊でもいいのだが、宗教とは何かについては未解決だ。別の著作でも宗教史などはまとめているが「宗教」とは何かを論じてはいないと感じていた。

自分もよくあるのだが、人のダメな点はよく見えるが出口へはたどり着けない視点・論法だと思っていた。
ユニークな視点ではあるが、論拠の基礎がないのである意味空論・空想論になっていて歴史学的には相手にしずらい「歴史作家」の歴史論という気はしていた。

本書の著者は「歴史学者」であるらしい。それにしては、文章は翻訳のせいなのかもしれないが哲学的だ。

快感は儚く無意味な気の迷いに過ぎない。私たちは快感を経験したときにさえ、満足したりせず、さらにそれを渇望するだけだ。したがって、至福の感覚や胸躍る感覚をどれほど多く経験しようと、私たちはけっして満足することはない。
自分の感覚の正体、すなわち儚く無意味な気の迷いであることを心がみて取れるようになったとき、私たちはそのような感覚を追い求めることへの関心を失う。

「ホモ・デウス」上巻P.57

人類史というジャンルがあるかどうか知らないが、おそらく「人」について歴史を語ろうとすると、獣性との決別に遡らざるを得ず、それは我々が「神」の概念として抱く完全さへの道程を語ることになるのかもしれない。
近年のテクノロジーの進化は「人」がどこまで機械によって置換可能かの様相を呈していて、かなりの領域で機械のほうが優秀でより完全な「人」の作業を行うようになっている。
いまだ全容がわかりもしないのに、ある人はAIが人を超える=人の脳の働きをコンピューターが超克するときは近いと主張するし、そんなことは起きるはずもないと全否定する人もまた存在する。

平易な言葉づかいで、難解なことを言っているような気もするが、上巻での分析に関しては概ね同意できる。果たして著者は「歴史」をどのように語るのか、下巻が楽しみである。

2019/11/14

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