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「日銀エリートの『挫折と転落』」 有森隆

木村剛氏は今何をしてるのか、WEBで追いかけると「A Power Now株式会社」はリンクが切れてるのでよくわからない。関心はひかれるがあえて調べたいとも思わない。生きているんだろうかね。

本書を読む気になった理由は日銀の黒田氏の退任前の動きを見ていて、どうしてこんなひどい状況になったのかと少しさかのぼって考えておいて、これからに少しは役立てようと思ったからだ。
超金融緩和政策の終わりと騒がれるけれど、国内のバブル経済発生とその収束にプロセスあたりから見ておかないと、どうも片付かないのであります。

泥沼にはまったバブル景気は実はとても短かったと思う。
実感としては昭和63年の消費税導入前のころから平成2年の前半まで実質1年半くらいだった気がする。
原因はアメリカのピンチに為替の変更(主なターゲットは日本だったろう)に関して合意しろよ、あいよってところから円高になって、それまで結構高かったウイスキーやらタバコが、何それってくらい安くなって、三菱あたりがアメリカで不動産買いまくって、東京の値段でアメリカ全部買えるとか、だまされて金ふんだくられて終わったと総括してる。

急に金持ちになったような気がしてるのに、お前さんたち輸出もたいがいにしないと痛い目にあわすぞみたいな雰囲気で、余ったお金が不動産と株式に向かったわけで、いずれもその価値はある意味共同幻想でありますから夢と消えたわけで、まんまと思うツボにはまったのだと思っております。

バブル景気の終焉で自民党から自民党亜種の新生党政権を経て自社さ連立政権とわけのわからない混乱が続き、政策も何もない暗黒のような時期が続いて失われた10年とか言われていたのが思い出されるね。森さんあたりがよくわからない古いしがらみの最後の領袖みたいな感じで担ぎ出されていまだにその片鱗が光を放っているのは腐臭を放って入るものの大したものであります。

そこに出てきた自民党をぶっ壊す男が重用したのがヘイゾー氏で、竹中プランなるものを打ち出してあたかも経済再生を果たしたかのようにふるまって、その後こけたのはリーマンショックのせいなのだ、みたいなわけのわからんことになって、血統がいいだけのおみこしが担ぎ出され、腹痛で一時引っ込むものの再登板してこないだまで、お札をグルグル刷って、日銀に国債買わせて金回せばいいとおもうよボクは、ってのがもっと失われた20年合計30年なんだと勝手に解釈しております。

いきなりずっとさかのぼって考えるには、僕の能力は経済の何たるかの理解が足りてない。今起きてることから少しずつさかのぼるしかないので、竹中プランとは何だったのかというのが今の関心事項なのであります。

安倍政権を支え続けたのがガースで、年齢は別として総務省での主従関係でいえばなぜか学者であるはずがいつの間にか都合よく政治屋になり政商に成り代わったヘイゾー氏がガースの親分みたいな雰囲気に思える。ということでほぼ失敗したと総括されるであろうアベノミクスのスタートは竹中プランなんじゃね?ということなのであります。
前書き長いけど自分でなんで関心持ってるか整理したことなかったし誰も読まんので気にしない。

竹中プランの骨格はアメリカの誰かが書いたのだろうが、純粋な努力家木村青年が肉付けしたと思える。著書の中でヘイゾー絶賛してるのに捨てられてかわいそうだな。

本書を読んで腑に落ちたのはそれしかないよなって選択をし続けて塀の中に落ちた人だったのだなということ。創める時点での意志は本人のモノであっても、周囲の力もなければ浮上するのは容易ではないし、思惑はみなそれぞれ、かつ始めてしまったらどうなったら区切りをつけるべきかの合意を得て始めるのはもっと容易ではないということ。

「畳の上の水練で溺死」とは手厳しいが経済記者の目から見ればそうなのだろう。
本書の特に後半の企業群の動きは出版時には必要な情報だったかもしれないが、これだけ時間を経るともう少し簡単で十分だったのではと思う。

木村剛氏が当時竹中プランについて解説した本が手元にある。彼はヘイゾー絶賛中であったような印象だがちょっと違うと感じさせられて中断してる。
本書は竹中プランの理解を進めるために木村氏の業績を確認する意味で手に取った。
本丸はやはりヘイゾーだなと、そう思った。

著者の有森氏の肖像は アジア太平洋資料センター(PARC)自由学校の講座紹介からお借りしました。
早稲田文学部から日経で経済記者というのはなかなかですな。こちらはいつの間にか不動産の片隅にいるわけで。

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