
なんだかんだでバアサン退院後1か月少しで介護の認定の変更が届いた。
要介護4である。
入院中の判定なのでまあそうだよなという感じで、制度上仕方がないのだけれど今判定したら多分1ランク改善されて要介護3じゃないかなぁと思っている。
といってもベッドに入るときや寝る位置の変更などで手助けはあった方がよさそうだろうとは思うものの放置していることが多いけれど何とかなっているというレベルだが。
介護保険の導入のときにこんな姑息なことよく考えるとは役人というものは大したものだと思った記憶がある。長命となった場合のリスクを個人ではなく、広く支えるというような謳い文句で、結局国民負担を増やし、介護ビジネスを育成して制度作って天下り先確保かぁと思ったものである。
その後、介護は儲かるということで雨後の筍のようにあちこちで起業されたことは目の当たりにすることになった。
今どう思うかというと、想定以上に少子化が進行して、あの頃立ち上げていなければ団塊の世代の高齢化には対応できなかったと思っている。
保険である以上、未納者には利用できないとかあってもよさそうだがあまりそういう話は聞かない。実際に利用するのは年金世代に入ってからがほとんどで天引きだから利用中の未納者はほぼいないのかもしれない。無年金者・無保険謝ほぼいないというのは社会の安寧という点ではいいことだろう。
しかし想定以上の少子高齢化が進んで制度も軋みが来ているだろう。そりゃそうだ介護保険利用している親を目の当たりにしてきたのだから。実質的に介護保険料を負担する機関が25年として支えられる期間が10年間と考えたら今の保険料で済むはずがない水準の手厚い給付状況だと思う。いずれ負担年齢の引き下げは避けられないが、それがますます少子化の原因となるだろうから悩ましい。
団塊の世代が通り過ぎるまであと10年くらいだろうが、それまでどうしのいでそのあとどうするか。多分選挙で選ばれる議員には考えさせること時台無理筋なのである。
25年先を予測して予定を立てて実行するなんて政治家にはできない。
民主党政権時代がだめだったというのではなく、政治主導で行政を行おうとし過ぎた結果じゃないかと思っている。行政組織より政治が上なんて教科書には書いてなくて三権分立と教わったのだが、内閣が国会で選出された総理大臣のもと組成されるゆえに勘違いしている政治家が多い。
官僚は選挙で選ばれていないというのであれば、立法府のように一定の地位以上については審査対象にすりゃあいいんだと思うんだ。
民主主義がどうこうとは別に、日本という国家の運営をまともにするには政治が行政や司法より優位ではないことはっきりさせた方がいい。選挙で選ばれたということがその発想のもとにあるなら、行政や司法にも導入すればいい。
日本は資本主義国家ではないという言い方をする経済人いるけどそれでうまくいくならそれでいいんじゃね?
くだらねえ目的で税金どぶに捨てるような選挙繰り返すなら、できること沢山あるよななんて思った次第。




