「実録・天皇記」 大宅壮一

皇嗣家の長女が、よくわからない人物と初志貫徹して結婚しアメリカに出て行った。
マスコミは貴種の姫が正直どこの馬の骨だよ的ハンサムボーイとのロマンスにやいのやいのと騒いだが一時の事で、もうCOVID19やら中共のスポーツプロパガンダに気を取られ、姫の日常なども、少なくとも朝のワイドショーなどでは過去の話で取り上げらることもない。

今更大宅壮一でもないのだが、ふと目に留まり読んでみた。
戦後間もない著作でもあり、かつ大宅のかなり屈折した天皇と共産主義への対峙しようが、読み物としてはとても面白かった。

だって天皇録のはずがなぜか徳川将軍録になってるんだから。

戦後のこの時期は、おそらく食うや食わずからようやく脱しつつあるころ。昭和8年生まれの亡父が田舎から出てきて川崎あたりで.働きお始めたころで、父が死ぬまでジャガイモ食わなかったのは、腹がすく年齢と仕事の時期にイモばかり食わされたせいなので、おそらく世情としてはまだまだ戦後のにおいがぷんぷんしてたころだ。
僕の小さい時の記憶は昭和40年過ぎてもまだ戦後のバラックが立ち並んでるような場所に、なぜか会津若松から出てきて小さな家を建てた親父のせいでこの雰囲気は想像できる。
こどもの時のご近所はほとんど日本人じゃなかったし、まだ共同水道があった(!)横浜なんだけどね。

大宅の経歴からするとおそらく思想的にはマルクス主義の洗礼は受けていて、当時のインテリとしては標準的な思考の持ち主だったのだろうとおもう。
結果としてジャーナリストとして成功したので名を冠した賞も作られみなその名は知ってるが、著作をあえて読んだ経験は少ないのじゃなかな。
恥ずかしながら僕は初めて読んだじゃなかな。

この時期の時代の雰囲気を感じさせる文体と、おそらくは相当の読書量による膨大な知識が文章の端々に感じられて小気味よい。

はしがきに「私たち」の問題として天皇の問題に対峙しなければならぬ、それが動機で本書を書いたというが、本当のところわからない。
「血のリレー」「私たちはすべて小さな天皇家」
実はかなり本人の私的な領域での思索が時代の問題とシンクロして多様な感じを受けた。

時代を経て彼の文章を本当に理解するには、かなりの注釈が必要になっていると思うし、またそれは読者は当然知っているべきだくらいの勢いなので、内容とともに好き勝手やりやがってという気もする。

テレビや今はネットの動画で分かったような気になることの多い暮らしに慣れてしまうと、文章で把握し記憶し論じてきた世代が、勝手なことを言ってると思いつつも畏敬の念を禁じ得ない。
思考は言葉でしなければ他者には伝わらないが、本書における大宅のやさぐれたような心象はなんとなく伝わる。

本書は内容ではなくて当時の知識人の思考回路を知る上ではいいのかもしれない。
ただし、少なくともボクには天皇録ではなかったな。

2022/2/8

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