リハビリ@鶴見20251221

バアサンがタッチアップ使って座椅子から立ちあがる動きが少しずつスムーズになってきた。
高齢者にとって病院のベッドでの暮らしはさほどの期間でなくとも影響はすさまじい。
むしろ普段何気なく行っている、立つ座る歩くということがどれほどカラダを使っているかが感じられる状況ではある。

その昔どこに行くにもクルマだった埼玉時代を考えると、基本的に公共交通機関と徒歩の横浜暮らしではあまり動かないときの体重の増加が違っているかもなどとも思ったりする。お仕事のメンバーでもあらゆる移動をクルマにしている者はなんとなくだが下っ腹が出てきているような気もする。

普段のさほど負荷のかかっていないことでも、生きているということはそれなりにエネルギー使ていて、身体機能は維持されているが、どうもアタマはそうでもないような気がする。
普段、ボーっとしている時間が長いと最低限必要な機能は維持されるが、いざロジカルに考えようとかすると全然ダメみたいなところがある。使っている部分が違うのだろう。

書籍を読むというのと映像を見ているのでは全く違う気がしているし、キーボードでカタカタやっているのと手で何か書いているのでもかなり差があるように思う。
いまだに手帳を使っているが普段のちょっとしたメモはスマホである。考え事するときに書くのはその辺のメモ紙とか手帳のは白紙の方がなんとなくまとまる気がする。
今の若い人は全部スマホの方が効率もいいしアタマの中もそれに対応しているのだろうが、おっさんたちの子供時代には紙に書くしかなかったので、アタマの中も紙とペンに対応してしまっているのだ。

訪問診療の医師がバアサンの状況に対してリハビリはよくなるわけではなく、衰えるのを緩和する効果しかないと言っているのだが、それは年齢的な問題だよな、うんうんと聞いている僕自身がすでに高齢者なのである。
乳児のころ五感すべて使って言葉を覚え、歩けるようになってというすさまじいい能力が、今は多分100分の一も残っていないだろう。
バアサンよりも自分の頭のリハビリ考えておかないと、お仕事もその他もいろいろまずいことになるかなと感じさせられる日々である。

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