
バアサンの介護認定が入院経て要支援から要介護になったことを受けての、介護関連の方々のミーティングと訪問診療がありました。
訪問診療は医療保険で、デイケア施設や介護用品・介護サービスなどは介護保険だから、カテゴリーは異なるのだが、ケアマネージャー氏が配慮して日にちを合わせて設定してくれたので、退院時の作戦会議的なミーティングに引き続き無事終了。よくしていただけていて感謝であります。
何でもいらないいらないというのは年寄りの側だが、経済的なことは当然念頭になるのだろうが、全体が見えていないからそこは困る。本人が必要なだけでなく日常の介護介助をする側の負担を軽減するために必要なこともあるのだ。
要支援2から要介護4に区分が変ったことと、デイケアその他の利用が増加したことで確かに毎月の支払いは増加するのだが、それにしても負担は所得区分で割合決まるので実はたいして短歌的に差はない。それでこちらの日中在宅でやらなければいけないことが減少してお仕事できる方がいいに決まっているということがなかなか理解できない。家族はタダだと思っているからだろう。
実際バアサンの世代だと、専業主婦が当たり前で、バアサンは亡父が病気になるまで外で働いたことは結婚前含めなかったはずである。専業主婦は労働の評価として金額で示すこと難しい。
逆の立場で家事全般を自分でやらず、むしろ介助が必要な状態を経済価値に置き換えるという発想がないのは当たり前というか無理もない。
専門性という意味では家事労働というものはかなりスキルのいるものであるし、ましてや出産は女性しかできないが人類存続のためには必須のお仕事、それも命がけ。
育児は最近でこそイクメンとか言っているが、実際問題母親の方が向いていると思っている。
数字にするとどんなもんかななどとも思う。
あまり先のこと考えるときが滅入るので考えないようにしているが、人生百年時代となるとこの状態が10年続くということも念頭に置かざるを得ない。
果たして持続可能なことだろうか。まだわからないが、少なくとも現時点では医ごとにかけるウエイトを増加させても対応できる程度に体力が回復してきてくれているのは僥倖である。
ケアマネ氏にも一人で頑張りすぎないようになどと言われるが時間以外さほど苦になることはないのではあるが、お仕事が疎かになっていることは否定できない。
利用で気うr人や制度はこの際使わせてもらって、バアサンに破壊的に自分も無理とか感じない範囲でやっていくしかない。
いつも周囲のヒトには恵まれていると思う。ありがたいことだ。



