PR

「小さきものの近代 1」 渡辺京二

弦書房

著者画像は新潮社著者一覧ページのものです。

途中ということなのだろう。
雑誌でずっと読んでいた「バテレンの世紀」の著者が亡くなったというので近著というか絶筆(?)として読んでみたくなった。
正直連載中の文章はあまり好きではない文体だった。何がというと困るのだがリズム感というか読ませるための文章ではないような気がしていたのかもしれない。

本書で取り上げているのは冒頭の書き出しとはややずれがあるような、江戸末期の人々のある意味よもやま話であったように思う。著名な人物もいれば、不勉強の自分にとっては全く知らない人物であったり、話はそれこそ出生から没するまで延々と述べるかと思えば、さらっと触れて「えっ?」と思わされる節もあった。全体にとりとめがないのである。
ほかの著作を読んだことがないので、これだけ読むと雑文・駄文と言っていいのではないかと思う。

各節の初出の詳細をつまびらかには知らないが、いずれにせよ著者も齢90を過ぎてのものなのだろう。
序言で年齢はともかく、なぜ書いたか・書くのかについては触れていた。
おそらく、時代大きな流れと共にありつつ、多く語られることのない人物。またその側面を書きたかった・書いたということなのだろうが、大きな流れを書いた何物かが見えないところでは、まさに重箱の隅をつついているだけに見える。

刮目すべきはその情熱というかエネルギーだろう。
自分など、今還暦回って歩くことさえ億劫になり、新しい知見が面倒臭くなり、今までと異なる状況へチャレンジすることが少なくなっている、今から30年もたって、自らの足跡を振り返えり、何が足りなかったかと考えることができるだろうか。

本書の意義はそこにあるような気がした。
何しろ 「1」である。

☆2

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました